この間、お坊さんと完全プライベートでお話しする機会がありまして
(本当にみんなに総ツッコミされそうだけれども、最近いろんな人に出会うの!)
すっごい美味しい玉露の煎茶を飲みながら
(これが、甘くてびっくりしたんだ、でもその話はまた今度)
リアルなぶっちゃけ寺トークを伺いました。
京都の百萬遍さまに住み込みで勤務しているサラリーマン的な働き方だそうで、
なんでお坊さんになったのかとか、京都のお寺の裏話とか、京都の土地の成り立ちとか、
あの世にいったらとか、仏教のさわりみたいな部分を、とてもわかりやすく話してくださって
とっても物腰もおだやかで、話の内容も心に留めておきたいと思える
素敵なことばかりでした。
特に印象深かったのは、常に穏やかでいるということ。
極楽は天国のことではないんだって。生まれ変わった時に、どういう風な道に進むのか
六道のどれになるのかを、決めるときに、昔の人は天道に行きたいと願ったそう。
そこは、イメージしているような天国とは少し違うらしく、
極めて楽な場所、極楽なのだそう。
そして極楽へいけるのは、人間だけなのだそう。
そこでは、怒ったり、泣いたり、苦しんだり、悩んだり・・・
そういうマイナスへひっぱられながら繰り返される感情の起伏がなくって
常に穏やかでいられるんだって。極めて楽。
私はいつもプリプリ怒ってばかりなので、きっと次は人間にも生まれ変われないかもしれない。
でもそういう負の感情を背負わないということが「極めて楽」だからそうしなさい、という
考え方は、深いなと思ったのです。
負の感情にとりつかれているときって、、、
(自分ではわからないけれど、たまにそういう人いるじゃん。)
イタイやつめ!って思っていたけれど、いつ自分がそうなるかもわからない。
そういう時こそ、極めて楽でいるための精神力って大事って思ったの。
何より人のことをけなしたり、偉い気持ちになっている人って
人間的に魅力を感じないしね。なりたい自分の姿とはずいぶん違う。
だから、お坊さんの話は、私の中に強く響いたんだ。
たぶんすっげー年下なんだけれど、深く尊敬です。
京都の祇園は坊主と大学教授が支えてるとか、善光寺のセクハラ騒動とか、
コワイ話や不思議な話、いろいろ聞けてすごく高尚なひとときでした。
またどこかでお会いできるといいな。
京都にも行きたいな。