あーびっくりした!という、実話です。さすがに、いつどこのお店でどんな人がという詳細は書けないのですが、自分のなかの備忘録としてこの感情を書き留めておきたいと思います。
もくじ
雨の日。都内。一人でランチ。
私はこういう不定期・不規則極まりない仕事なので、用事や取材でひとりでランチをとることがたびたびあります。なるべくならキラキラした素敵なOLとかいないお店に。相席なんて絶対無理。静かにゆっくり、どうせ食べるなら美味しいものを。そんな基準で、ネットで探しながらフラっと入った、都内の、とある町の、とあるお店。
その日は雨が降っていたこともあり、店内はまばらでした。席数は4人掛けのテーブルが10こほど。MAXではいれば、それなりのパーティーもできそうな落ち着いた雰囲気の和食屋さん。窓からは素敵なお庭も見えて、「雨でもここの景色もなんだか絵になるな!」と思っていたその時です。
不穏な会話のカップル
「不動産収入って、月々で割るといくらくらいなんですか?」
急に甲高い女性の声が。発信源は隣のテーブル。別に耳を大きくしているわけではないのですが、すごい会話がはじまっていることにすぐに気がつきました。不動産収入、気になりますよね。質問されているのは、女性の向かいに腰かけている男性です。その年、恐らく70歳か80歳か…、背筋はシャンとされていますが、ロマンスグレーな髪とピンクのワイシャツは何とも言えないシャレオツなコントラスト。一方の女性はというと、その年、私と同じくらいっぽいので30代くらいかなと思いました。特別美人というわけではありませんが、すごくおとなしそうな清楚な雰囲気。なのに、冒頭の質問を男性に向けて目をまっすぐ向けているところです。
私はびっくりしすぎて、肝心の男性サイドの金額を聞き逃してしまったのですが、質問はさらに続きます。
「じゃあ、さっき言っていた株式の分と、不動産収入と、年金がFさんの毎月のお小遣いっていことになるんですね。いいなー。私、今働いていないから、すっごくうらやましいです。Fさんのおしゃべり、毎日聞いてあげるお仕事しよっかなー。」
ツッコミどころ満載すぎて、どこから手を付けていいかわからない発言。注文したごはんがなかなか来ないので、私はお水を飲みながら、ひたすらお隣のウキウキしている女性のトークを一方的にきくことになりました。「毎日、おしゃべりできるのー?」と身を乗り出す男性に、私は心のなかで「男ってばっかだなー」とつぶやいてみたりしたのですが、女性は目をキラキラさせながら続けます。
「でも、いま平日はなかなか忙しくって。あまり時間つくれなさそうなの。でもFさんのために、空いている時間はできるだけ一緒にいたいの。」
ふむふむ。ってか、今平日午後1時ですけど。世間の働く女子たちは、そろそろオフィスに戻らなきゃって言ってる時間帯ですけれど。働いてないのに、平日何で忙しいの?私の心のなかのツッコミは空に消え、会話が続きます。
女性には中学生の息子がいるらしい
「うちの息子が中学になったんですけれども…」
えー!てっきりタメくらいかと思っていたら、中学生の子持ち!これはきっと私よりも年上なのでしょう。改めて見る横顔は美人という感じではないものの、昔は可愛かったんだろうなーというあどけない面影が残っていました。そして、会話は息子の性教育の話へ。もう一度、おさらい。これ、平日の午後1時過ぎの会話です。
「男の子って、一度生でしちゃうと気持ちいいから、また止まらなくなっちゃうじゃないですか。そうすると何か間違えがあった時にも本当に心配で。私が中学生だった頃…」
と、ここからはリアルすぎて本当に気持ちが悪かったので、割愛しますが、ご自身の初体験の話を昼間っから初老の男性にトーンを変えずに淡々と話していました。もう神経どうかしているんじゃないかと思うような状況です。またしても身を乗り出して、うれしそうに聞いている男性。ほかのテーブルにはおひとりさまがあまりいないので、お互いの会話に終始しているのか、こういうとき聞こえていても聞こえていない大人の対応をしているのか、神のみぞ知る。私はひとりでは耐えられなくなって、夫にメールを送ってみたりする。
もうせっかく雰囲気のいいお店を発見したのに、ひどい目に合いました。が、お食事が来てしまった上に、他の席が埋まってしまったので、移動させてくださいとも言えずに、そのまま会話を聞くことになります。
おっさんの正義感が裏目に
性教育の在り方がどうなのかはもうよくわかりませんが、女性の話を聞き終えた男性は「弱い立場の女性を守るのが本来の使命でー」とか「男はそういう場面でも相手を気遣えてこそ一人前!」と、キレイゴトを気持ちよさそうに大きな声で述べたあと、「わっはっはー」と王様みたいに笑っていました。もう私のおいしいランチが台無しです。ところが、女性のほうはさらに一枚上手でした。
「じゃあFさんも、私の体を第一に気遣ってくださいね」
なんでもあちこち体がお悪いのだそう。若そうに見えるけれども、あんなことやこんなことをするのが辛い体調なんだそう。そう来たか!と、感心する私の前で、男性は絵に描いたようにしょんぼりしています。さっきまで大きな声で語っていた正義感が裏目に出た瞬間です。狼キャラには、もうもどれないね。
息子を海外留学させたい
私がハンバーグをもぐもぐしている横で、また話が急展開しました。なんでも、女性の息子さんは、海外留学を控えているのだそう。でもお金がなくってあきらめかかっているんだとか。これ、最近の週刊誌で読んだ事件、あれとこれとを2つ掛け合わさったヘンテコサスペンスみたいになってきていますが、女性の言い分がこちら。
「息子は私の言うことを聞いて、一生懸命英語の勉強をしたんですよ。でも行こうとしている学校が、エリート中のエリートみたいなところで、元旦那の収入ではとても行かせられない。未来をあきらめなければならなくなっている。」
女性は目に浮かんでいるようないないようなな涙をぬぐうしぐさを見せます。
「元旦那は学歴がなかったから、部下の人とかもぜんぜん使えない会社に入っちゃって。息子にはそんな苦労はさせたくないと思って、英語をがんばるように言って、私の言うことをきいて一生懸命勉強してきたんだけれど、今、その集中を無駄にさせてしまうことになって。息子は私に気を使って、進路を考えなおすとまで言っているんです。」
さっきまで不動産収入と株式収入と年金を足して、楽しそうだった女性が、ものの15分後に泣き出すとは思いませんでした。まじでか。と、思った瞬間、男性が思いがけない提案をします。
「まず、作文を書かせなさい。それ読めば決心がわかる」
作文?は?
ズコーってなったのは私だけでしょうか?中学生に決意表明の作文書かせて、何がわかるというんだね、おっさん。気は確かか?とびっくりした私ですが、男性の提案は思わぬ功を奏します。
「息子は今、自律神経を失調したかもしれなくって、毎朝、血圧はかっているんです。そんな子に作文なんて。毎朝、私に隠れて血圧図っているんです。」
わけのわかない女性の言い訳に、私は飲んでいた赤出汁を吹き出しそうになりました。どんなウソかましてくるんだ、このババア。(失礼。)しかし、涙目でまくし立てる女性にうろたえる男性。もうしっかりしろ!ともいう気力すら失せますが、こうやって人は事件に巻き込まれていくのか…と思わぬ形で目撃することとなりました。
サインはしちゃダメだよ
なんでもそうですが、サインって簡単にしちゃダメですよ。ホタテのバターソテーをいただきながら、もぐもぐしている私の横で、男性は最終的に何かの紙に、何かを書いていました。のぞき込むほどのずうずうしさはないですが、おおかた想像はつくし、たぶん想像通りのものなのでしょう。
紙を受け取ると、女性は急に視線を遠くに向け、店員の若い男の子に話しかけます。
「ねぇねぇ研修中って、いつまでなの?え?今週で終わり?卒業じゃなーい♡このあとどうするの?コックさんになるの?かーわいいー。またくるね。このお店おいしかった♡」
やっぱりこの女性は若く見える。美人ではないけれど。ぶちゃいくでもない。そして、もはやおしゃべり相手にもされなくなって、茫然としている男性。私はそこで、ごはんを食べ終えたので失礼しました。何度も言いますが、これ、都内の、ある雨の日の、ランチタイムの実話です。確かに、おいしいランチでしたが、食事どころじゃなかったのは、きっと私だけではないはずです…。はぁ。Fさんお元気で。
場所を移動して、甘酒アイスでお口直し。あれは、きっと、プロだ。それが私の結論。