会期延長!マリーローランサンのアートがしびれるほど素敵

自分と同じ名前の人にシンパシーを感じることはありませんか?私は、世界中の偉大なマリーさんたちが、子供のころから大好きでした。キュリー夫人(Marie Curie)に、マリーアントワネット(Marie-Antoinette)、ナポレオンの皇后、マリア・ルイーザ(Maria Luisa)などなど、奥様としてとか女性として、賛否が分かれがちな偉人が多いのが特徴です。みんなキレイでカッコいい。

私が勝手に偉人と思っている日本人の好きなマリーさんでいうと、加賀まりこさんや林真理子さんなどなど。やっぱり強烈な個性をはなっていて、毎度テレビや雑誌でお見掛けするたびに、「かっこいいなー」と「素敵だなー」のため息がでるくらい大好き。

ニューオータニでやってるマリー・ローランサン展

写真は無料で配布されているパンフレットより。

そんな個性派ぞろいのマリー族のなかでも、美術部門で最も大好きな女性が今回ご紹介するマリー・ローランサン(Marie Laurencin)という、芸術家。紀尾井町のニューオータニでやっているマリー・ローランサン美術館の展示に出かけてきたので、その感想を書いておこうと思います。

マリー・ローランサンの力強い生き方

作品も好きだけれど、私はマリー・ローランサンの生き方も好きです。

フランス生まれのマリー・ローランサン。1883年生まれとも、1885年生まれとも、資料によってさまざまらしいですが、およそ、私が日本で生まれる100年前。20世紀初頭のパリで、画家としてデビューしました。そのころの作品は、今回の展示の前半でもあるのですが、割とダークな色使いが多いのが印象的。

出典:マリー・ローランサン美術館公式サイト|http://marielaurencin.jp/about/

当時のパリには、ブラックやピカソ、詩人のアポリネールなどの時代を彩るアーティストがいたそうですが、ご自身の作風を確立して描かれた力強い絵の数々を見ていると、トレンドにながされることがなかった、彼女の頑固さのようなものを感じさせられました。

出典:マリー・ローランサン美術館公式サイト|http://marielaurencin.jp/about/

1914年、31歳になったマリー・ローランサンは、ドイツ人のヴェッチェン男爵とパリ16区(パリジェンヌのイメージを地で行くような素敵な高級住宅地だよ)で挙式をあげ、ご結婚。同時にドイツ国籍となるんですが、その約1か月後に第一次世界大戦が勃発。新婚旅行中に戦争が始まってしまったことを知った二人は、スペインへの亡命を余儀なくされてマドリードへ向かいます。

そんなこんなでヴェッチェン男爵との結婚生活はものすごく大変なスタートをきったわけですが、マドリードでは、プラオ美術館にあったベラスケスやゴヤの作品にも影響をうけたらしいですよ。このころの彼女の作品は、色合いがふんわりとやわらかく、幸せだったんだろうなと想像させてくれるようなやさしい印象のものが多かったです。ただ、数年後、戦争が終わって、みなさんご存知の通りの結果ですので、彼女はドイツ国籍=敗戦国民となってしまいます。旦那さん、まもなく酒浸りになるという結構な事態に位置入っていくんです…。

日本は島国でしたが、ヨーロッパは陸続き。敗戦国民というレッテルというか、位置づけ的なところは、日本人にはないまた別の意味での辛さや苦労があったのかなと思いました。事実、1919年、パリに残してきたという全財産は当局に没収され、翌年、37歳になった彼女は離婚の道を選びました。

彼女が40歳を迎えるころ、社交界の有名人から再び注文が相次ぐようになり、華々しくトレンドの画家としてその地位に返り咲きました。このころの作品は以前のものに比べるとインパクトがよりいっそうアップしていて、力強さも感じます。あの服飾デザイナーでもあるココ・シャネルとも交流があったそうですよ。

年表をみていて、おもしろいエピソードを見つけたんですけれども

1923年40歳(中略)

服飾デザイナーのココ・シャネルから肖像画の依頼を受けるが、仕上がった作品の受け取りを拒否される。マリーも描き直しの要求に応じない。

出典:展示入口の年表より抜粋

2人ともカッコイイね。折れない感じ。友人同士だからってナァナァで思っていることを言わないみたいな女性のドロっと感がないところ好きです。私も嫌なものは嫌だと正面切って言えるアラフォーを目指したいな♡

出典:マリー・ローランサン美術館公式サイト|http://marielaurencin.jp/about/

そして展示もいよいよ後半。1929年、マリー・ローランサン、46歳のころ、ニューヨークでの株が大暴落したことをきっかけに、世界恐慌へと世界が沈みます。しかし、彼女の作品は、いっそう輝いているようにも感じました。

第二次世界大戦の最中に、ヴェッチェン男爵がなくなります。このころ、フランスを占領したドイツ軍によって自宅を接収されるといった苦労もありながらも、創作活動を続けるのですが、68歳のときに、その自宅を取り戻すために裁判を起こし、72歳で見事取り戻したというのもパワフルさを感じたポイント。そして翌年、その自宅で息を引き取られました。心臓発作だったそうです。

グッズ売り場でポストカードも!

たまに思うんですよね。波乱万丈じゃない人生なんて、あるのかなって。自分が子供のころは、歴史の教科書を読みながら、戦争もあって、世界恐慌もあって、昔の人は大変だったななんて思ったものですが、歴史は繰り返されます。いつの時代にも波風が立っています。私もまだ30年チョイの人生ですが、リーマンショックと東日本大震災に見舞われて、いつか歴史の教科書に載るような時代を生きているんだなと考えることもしばしば。

どの人にも物語があって、いいことばかりではない。マリー・ローランサンの絵画を見終えたあと、彼女の歩んだ人生に思いを馳せながら、一番心に残った絵画のポストカードを購入しました。

結婚する直前の1913年に描かれた「読書する女」という作品です。不機嫌そうなモデルの女性の心情が、なんだか普段の自分と重なるような気がして、妙に心に刺さったので(;^_^A

ショップはとても小さいですが、ミニフレームやファスナーアクセサリー、カードミラーや一筆箋など、マリー・ローランサンの作品をモチーフにした素敵なアイテムが充実していたので、ぜひチェックしてみてくださいね。

この展示会、2018年3月24日土曜日からはじまっていて、なかなか来る機会がなくってあきらめかけていたところなんですが、会期が2019年1月14日月曜日(祝日)まで延長されているそうです。

都心のホテルの一角でやっているこじんまりな展示会ですが、マリー・ローランサンのアートに触れられるいいチャンスですので、ぜひおでかけになってみてはいかがでしょうか。偉大なる世界中のマリー族に敬意をこめて。先日33歳を迎えて、視野がますます広がったような気分でいる遊んでばかりのマリーでした。

 

【INFO】

今回ご紹介したのは企画展「マリー・ローランサン美術館」です。

場所:ホテルニューオータニ ガーデンコート6F
住所:東京都千代田区紀尾井町4‐1
期間:2018年3月24日土曜日から2019年1月14日月曜日(祝日)まで
時間:11時半から18時半(最終入館時間18時)
赤坂見附駅 紀尾井町出口から徒歩3分です。永田町や麹町からも徒歩圏内。アクセスがいいですので、ぜひ。

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