この本を読んでいたせいで、ぜんぜん仕事が手につかない1日でした。私はミステリーを読みはじめると、これだから困る…(笑)
もくじ
エンタメだけど、映画化するのは難しそうな予感がする『野良犬の値段』
今回ご紹介するのは、『永遠の0』や『海賊と呼ばれた男』などで知られる小説家・百田尚樹先生の新作『野良犬の値段』です。
放送作家出身の先生なので、読みながら映像を見ているようなわかりやすい描写が多いし「今回の本も、そのうち映画化されるのかなぁ」なんて思いながらパラパラ読みはじめたのですが、止まらなくなってしまいました。
◆モデルになっている企業がわかりやすすぎる
高額なギャラをタレントに出して寄付を募る“大和テレビ”とか、売るためならセンセーショナルな記事も臆さず出しちゃう“週間文砲”とか、物語のなかに登場する企業がわかりやすくて、読み手の想像をよりリアルに描きたててくるかのよう。
日常的にテレビやネットから流れてくる報道って、単純な「事実」だけではなく、流れがちゃんと作られている「物語」の側面を持っていて、知らぬ間に誘導されている部分が大きいじゃないですか。そのあたりの裏事情を読みながら、わくわくしちゃいました。
犯人判明からの怒涛のストーリー展開。『野良犬の値段』のあらすじ
物語はネット上に現れた「誘拐サイト」に翻弄される社会を舞台に描かれています。身代金を要求するならば、子どもを誘拐して親に、もしくは社長を誘拐して会社に、といった形で、誰かにとって価値のある人を狙うところですが、ここで誘拐される被害者は見ず知らずのホームレスでした。
人は皆、平等だなんてキレイごとを言っていても、そうじゃないことはみんな知ってる。そんななかで、ホームレスの人の命の価値を考えさせられる話なのかと思いきや‥という感じです。
◆その人にとっての幸せや不幸は、その人にしかわからない
いくら共感して寄り添ったとしても、人の心の中なんて、その人にしかわからないものです。私たちの生活の中でも、日常的にいろんなニュースが流れてきますが、その数分、数秒では伝わりきらないほど、当事者にしかわからない本当の重みがひとつの出来事のなかに複雑に絡み合って存在しているように。
一つの側面としてみる。もう一つの角度から見る。丁寧に物事を突き詰めていっても、本質が見えないこともある。自分の人生が今苦しいなと思っているときは、物事を俯瞰してみると、ちょっとラクになることもある。あの人、辛そうだなと感じても、実際は小さな幸せのなかで生きている人だったりもする。
犯人、警察、マスコミ、それを見ている一般人、うっかり関わってしまった普通の人…、それぞれの人生の重みをじんわり感じる場面がいっぱいでした。
天網恢恢疎にして漏らさず。隣にいるかもしれない鬼たちの怖さ
昨年は『鬼滅の刃』が大ヒットしましたが、あの物語は、悪役として出てくる鬼の悲しいバックボーンにもちゃんとスポットが当たっている点などがすごく良かったですよね。でも実際、私たちのリアルな生活のなかに存在する犯罪者=鬼のような人たちは、どうでしょう?たいした理由がないのに人を殺める人がいるのです。自分勝手で、救いようがなくって、許せないような犯罪に手を染める人がいるのです。
で、刑罰をくらっても驚くほど軽かったり、下手したら、そのまま捕まらずに逃げていることだってある。
物語の終盤に“天網恢恢疎にして漏らさず”という「老子」の一節が出てくるのですが、私もそうであってほしいと願ってしまいます。
天網恢恢疎にして漏らさずとは、天道が張る網は、一見、目が粗いように見えていても、悪人を網の目から漏らすことはない。 悪事をすれば、天罰を受けるという意味です。
<ネタバレあり>あの人がいう真実って何?モラルって何?
ここからは本のネタバレを含むので、まだ読んでない人は控えてね~。
誘拐されたホームレスは、実は犯人でもあるのですが、事件のさなか、殺されてしまうホームレスのうち、1人は、この誘拐事件だけに限って言えば完全に被害者でもありました。
しかし、彼は過去に、残酷な性犯罪を繰り返しており、その被害者の父親が、今回の事件の首謀者の一人でもあったのです。
そして、共犯者でもあるほかのホームレスが、地に落ちた生活に足を踏み込んでしまうまでのきっかけを作ってしまったのはマスコミでした。
テレビの世界には台本があります。新聞や雑誌の世界には編集者がいます。正義を語るように見える人も筋書きのなかで動いているだけのことがあります。
また信念をもって語った論調が、部分的に使われたりすることで、意図しない方向で捉えられてしまうこともあります。スポンサーの顔色を伺って、内容を変えることもあります。
一つの事件の関係者の心情を完全に慮るなんて無理だけど、誘導された流れに乗って、自分自身が流されてしまうことは怖いなとも思いました。
後半の警察vsマスコミvsホームレスの心理合戦は、スピード感と迫力があって、ページをめくる手が止まらなくなってしまった反面、残り50ページ、40ページ、30ページ…とどんどん進んでいくにしたがって、ドキドキするスリリング感も楽しめました。
結末は、無事に身代金をゲットし、ホームレスたちの勝利に終わるのですが、この顛末はハッピーエンドとはちょっと言い難いかも。センセーショナルな悲劇の結末に、勝者なんていない。私には、「あぁ、いい終わり方だな」なんて思えなかったけれど、エピローグに登場した刑事さんが、最後に「いい話を聞けてよかった」と言っているのがせめてもの救いでした。
いろいろ考えさせられる社会問題がギュっと詰まった1冊です。映画にならなさそうだけど、映画でみたいな(笑)
今回ご紹介した本は百田尚樹先生の<野良犬の値段 >です。
前代未聞の劇場型誘拐事件が問いかけるあるホームレスたちの命の価値とは?百田先生ならではのリアルな描写が光るおもしろいミステリーです。
ほかにも<本を読まなきゃ / BOOK>では、私が「また読みたいな!」って思うお気に入りの一冊をご紹介しています。ビジネス書から小説、脚本まで幅広く様々なジャンルをピックアップ。ぜひチェックしてみてね。