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雷門を通るたびに思い出す『蒲生邸事件』最後の切ない手紙

新型コロナウイルスの影響で、家でゆっくりおこもりしている人も多いかと思います。令和最初の2月。今回はちょっと古い本をご紹介したいと思います。大好きな宮部みゆき先生の本のなかでも、特に気に入っているお話です。

長編のSFなんだけど、歴史ものでもあり、ラブストーリーでもある読みごたえ抜群の泣ける一冊です!

遠ざかる二・二六事件の東京を知る

戦争で暗かった時代、1936年2月26日に東京で起こったクーデター未遂「 二・二六事件 」が物語の舞台です。あの時代の歴史って、教科書を読んでいても、気分がふさぎ込むような話が多く、なかなか頭に入ってこなかった人も多いのではないでしょうか。

お恥ずかしながら、私もこの『蒲生邸事件』の本に出合うまで、二・二六事件をクーデター的な事件があったという概要程度にしか知りませんでした。教科書のイメージでは、なんだか人々の心が荒み切っているような印象を受けるし、映画やドラマで二・二六事件が描かれるときにも、偉い人の動向や人間模様の駆け引きなどを中心に描かれることが多いですよね。

靖国神社前。戦争で命を落とした英霊たちに敬意を表して読みたい一冊『蒲生邸事件』の紹介です。

東条英機の名前すら知らずにうっかりタイムスリップしてしまって、右往左往しながらどうして日本が軍国主義に押し流されて行ってしまうのかを紐解いていく主人公の青年・尾崎くんには、ドップリ感情移入を通り越して、人格移入しながら読み進めてしまいました。

歴史の細部に宿る、女性たちの日常

序盤までは尾崎くん目線で、一緒にタイムスリップしたかのような気分で読んでいた『蒲生邸事件』ですが、中盤からはいきいきと描かれていていく登場人物の人柄にどんどんのめりこんでしまいます。特に女性たちがみんな素敵。おっとりしているのに、芯が強い女中・ふき。苦労知らずなお嬢様だけど自分を持っている・珠子。籍が入っていない後妻という不安定な立場で駆け落ちを計画する・鞠江。フィクションなんで、登場する人物も架空の人ばかりなのですが、まるで実在した人の話をベースにしているのかと思うくらいリアル。そして、高潔さも、強欲さも、みっともなさも、すべてが美しいのです。

戦後生まれの私たちは「平和な時代に生まれて幸せだ」なんてよく言われますが、本当にそうかな?と考えさせられる部分も。戦争自体は確かに悲劇ではあるのだけれど、その時代を生き抜いた人たちの力強さに触れると、日常のなかで見いだす幸せや人との繋がりに羨ましいような気分にさえなる『蒲生邸事件』。決して、自分の生まれた時代や環境を恨むことをせず、過酷な道をまっすぐ前を向いて歩いている感じが、登場人物の魅力に繋がっているように思います。

人間はひとりでは生きてはいけないし、誰かを助ける力も必要だけれど、助けてもらえるような人柄も大事なんだということを感じさせられたりもします。人間、本当にクズだと、誰からも助けてもらえませんからね。ずるさとか、せこさ、人間の汚さが、見え隠れする部分はスリリング。現実の世界にいたら、絶対関わりたくないから無視するけれど、小説の中ではそういう人の内面とも向き合うことができるので、おもしろいです。

どんな時も光を見出せる強さと清らかさ

この本をはじめて読んだ当時、私は渋谷の学校に通っていたのですが、NHKのあたりをお散歩していると、度々、胸が熱くなったものです。今の時代に、政治とか社会のことを、真剣に考えている人って、どのくらいいるんだろう。生まれ持った立場や使命、行動力…。その中でも、男尊女卑の年功序列が色濃い時代、女性の生きづらさは大変なものだったと思います。そんな中でもひたむきさが光る女中のふきに、後半からずっと心をわしづかみされてしまうような魅力を感じていました。

私は女性だけれど、主人公の尾崎くんの視点を通して、ふきに恋をした気分です。

彼女は、お姫様ではありません。英雄的な大活躍をするわけでもありません。歴史に名が残らない、普通の人物。それでも内に秘めた部分に、邪悪なものに触れてもまっすぐに跳ね返せるしなやかな強さを隠し持っているところがすごくカッコイイ。時代がどんなにうねりを見せても、しっかり自分の足で歩いて行ける。この『蒲生邸事件』を最初に読んだ時、自分がちょうどふきと同じくらいの年齢だったこともあり、こんな風に生きていけたらいいなと、リスペクトできる存在になりました。

ここからネタバレ:平田の言葉とふきから手紙

というわけで、ここからは内容の核心にバンバン触れていきたいと思います。まだ読んでない人はここの章を飛ばしてね。

◆人間は神ではない

尾崎君をタイムスリップさせた時間旅行の能力者・平田の「人間は神ではない」「歴史の細部は変えられても、大きな流れは変わらない」という趣旨の発言もグッときました。歴史的な○○な瞬間へタイムスリップしたら、事件や事故を阻止しよう!と善の行動をと思いますが、彼の言うように、個人にはきっと微調整くらいしかできないような気がします。

日航ジャンボ旅客機の墜落をなんとか未然に防ごうと、「飛行機に爆弾を仕掛けた」と電話して欠航させたにも関わらず、数日後に別のジャンボ機が墜落した…。歴史はちゃんと帳尻を合わせるし、微調整はできても大局は変えられないという平田のエピソードは、どんな能力を持った人間でも神様ではない、無力なのだということを知らしめてきます。誰かを助けても、同じくらいのときに、同じような事件や事故が起こる。

それが、運命…。あんなにすごい能力を持っているのに、彼から発せられる言葉のひとつひとつに、悲しみを含んだ重みを感じたのでした。

◆ふきとの再会は叶わなかったけれど…

昭和にも現代にも、変わらずにある場所。雷門で再会を約束したふきと尾崎くんの結末は?『蒲生邸事件』のラストシーンは涙腺崩壊!

そして、何よりも再会を約束したラストの浅草の雷門のシーン。昭和にも、尾崎君の生きる現代でも変わらずにある場所。ふきにとっては遠い未来に、尾崎君にとっては数日後の未来での再会を約束して最後のお別れ。時代を飛び越えて交錯する二人の結末に、もう涙が止まらなくなるのであります。

そして、やってきたふきのような若い女の子の正体。ふきからの手紙を受け取り、わずか数年前に天国へ行ってしまったことを知る尾崎君。長い年月、あの約束を忘れることがなかったふきと、再会の願いが叶わなかった尾崎君。この事実だけでも時間の流れの非情さと衝撃的な儚さに襲われるわけですが、戦後の動乱を経て穏やかな暮らしを手に入れた、おだやかなふきらしい言葉で綴られた手紙を読みながら、私は西武線でまさかの大号泣をした思い出があります。あのラストシーンは、今思い出しても涙が出そうになる。

読み終わった後の尾崎君の回想シーンはまるでふきの手紙に対するアンサーソングのよう。

だから今も、雷門の前を通るたびに、『蒲生邸事件』の最後の待ち合わせの約束をするシーンを思い出してはキュンとするんですよね。

空を見上げて明るく過ごそう

もうすぐ、令和最初の2月26日がやってきます。つい1か月前までは、まさか世界中でマスクが不足するとか、政府から不要不急の外出をするなんて通達がでるとは夢にも思っていませんでした。でも歴史って、いつもこう急にいろいろくるのかもしれませんね。

何も変わらない東京の空。

ニュースをみていると暗くなるけれど、今日も空がすごくキレイです。

しばらくはゆっくりな日々を過ごされる人も多いかと思いますが、本を読む時間ができたー!くらいに前向きにとらえて、健やかに過ごしていきましょう。

【INFO】

今回ご紹介した本は宮部みゆきの『蒲生邸事件』です。

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ネットにおける現代社会を客観的に見つめられる『悲嘆の門』

ほかにも<本を読まなきゃ / BOOK>では、 また読みたいな!って思うお気に入りの本に関する感想レビューを綴っています。ビジネス書から小説、脚本まで幅広く様々なジャンルをご紹介しています。